映画「DESTINY 鎌倉ものがたり」公式サイト

プロダクションノート

2012年、西岸良平のコミックスを映画化した『ALWAYS 三丁目』シリーズの3作目となる『ALWAYS 三丁目の夕日’64』公開後、シリーズを手掛けてきた山崎貴監督とプロデューサーたちは新たな西岸良平原作の映画を検討し始めた。そこで企画に上ったのが、1984年から現在まで連載が続いている人気シリーズ「鎌倉ものがたり」である。人間と魔物と幽霊がともに仲良く暮らしている不思議な街・鎌倉を舞台に、推理作家・一色正和と歳の離れた彼の妻・亜紀子をはじめ、ユニークなキャラクターたちが活躍するこの作品は、ミステリー、SF、ラブストーリーなど様々なエピソードが盛り込まれた、異色のファンタジーとして幅広いファンを持っている。そして、エグゼクティブプロデューサーの阿部秀司はかねてから、山崎監督に本格的なファンタジーを作らせたいと思っていた。「山崎君はファンタジーも好きで、彼にはいつかオリジナルのファンタジーを作ってもらいたいと思っているんです。でも今、ファンタジーが作れる題材というのは、あまりないんですよ。この作品なら80年代というちょっとノスタルジーを感じさせる時代観と、不思議な鎌倉という町の世界観を活かすことで、大人も楽しめるファンタジー映画が作れると感じたんです」(阿部・談)。また鉄道模型のコレクションを始めとして多趣味な阿部プロデューサーは、原作で描かれる主人公・正和に共感を覚える部分も多く、その趣味の世界も監督がどのように具現化してくれるか楽しみだったとか。だが企画がすんなりと具体化したわけではない。山崎監督は膨大な原作のエピソードの中から、どれをチョイスして一つの映画にまとめるかで悩み抜いた。やがて正和と亜紀子が、現世と黄泉の国を行き来して夫婦の絆を再認識するという現在の物語の方向性が固まりだしたのは、今から2年半ほど前。そこから映画は、本格的に動き出したのだ。

山崎監督は企画書当初から、主人公・一色正和役は堺雅人しかないと強く提案した。そこでプロデューサーたちは、すぐさま堺雅人に出演をオファーした。プロデューサーの飯沼はいう、「それはまだ山崎監督が『海賊とよばれた男』(16)の準備をしていた一昨年のことでした。その時点では脚本もできていなかったんですが、急いで企画書を作って堺さんに出演を検討していただきました。すぐに出演に向けて前向きな返事がいただけたのでほっとしましたね」。亜紀子役の高畑充希も、山崎監督の強い要望によって実現したキャスティング。こちらの出演交渉を担当したのは、守屋圭一郎プロデューサーだった。「とにかく監督は、最初から高畑さんだと言っていました。私も高畑さんはイメージ的にピッタリだと思いました。(原作の中で描かれる)亜紀子が小学生に間違えられるという見た目を持ちつつ、しっかりと主婦も演じられる女優は芸能界広しといえ高畑さんしかいないですからね。高畑さんは快く出演をOKしてくれましたね」(守屋・談)。他出演者は堤真一、薬師丸ひろ子、三浦友和といった『ALWAYS』シリーズにも出演していたメンバーに加え、死神役で安藤サクラが山崎貴作品に初出演。「僕らは脚本を読んだとき、てっきり死神は男性が演じるものと思っていたんです。でも監督が、死神は女性に演じもらいたいとおっしゃって。確かに死神に性別はないので、なるほどと思いました。そして、死神役を安藤さんにお願いしたいと言い出したのは、やはり監督でした。監督と安藤さんは前に映画祭で顔を合わせていて印象的だったのでしょう。安藤さんが出演していたドラマ「ゆとりですがなにか」(16)を監督が大好きだったというのもあると思います。安藤さんのことを強く薦められてましたね」(飯沼・談)。この他、中村玉緒、田中泯、吉行和子、橋爪功、國村隼など名優たちの出演が決まり、層の厚いキャストが映画を彩ることになった。

ここでプロデューサーたちと山崎監督が目指したのは、『ALWAYS』シリーズにも通じる“日本人が普遍的に持っている懐かしさ”がある映画を作り上げること。そこで今回は時代を“いつ”とは限定せずに、誰もが原風景としてイメージする鎌倉を生み出そうとした。大変だったのが、現在の鎌倉では撮影が難しいということだった。「一番の問題は物理的な条件でした。鎌倉は道が狭いし、観光地ですからどこで撮影しても多くの観光客が写り込んでしまう。この映画では周りを歩いている人も、1980年代風の昭和の服装をしているという縛りを設けていましたから、一般の方が画面に入ってはいけないんです。どこで撮影してもすべて懐かしさを誘う人や車、建物に背景を作り替える必要がある。本当はもっと鎌倉の有名な場所。例えば鶴岡八幡宮なども見せたいんですが、そういう所は人通りが多いですし、全面封鎖していろんなものが写り込まないようにするのが難しいんです。それで難航したのが、正和さん夫婦が新婚旅行から帰ってくる冒頭の場面でした。二人が乗っている車は古いヴィンテージカーのベンツで、道を走っている他の車もヒルマンインプ、コロナ マークⅡ、VWバス、カルマンギア、フィアット、シビック、スバル1000などのクラシックカーばかりなんです。この冒頭シーンを実現させるのはスタッフ一同本当に苦労しましたね。その後彼らが一色邸に帰りつくまでどの道を通っていけば、誰もがイメージする鎌倉っぽく見えるのか。そのルートや何を背景に置くかなど、全編を通してVFXを多用している本作ですが、結局この冒頭シーンの画を決め込むのが制作的には最後まで一番苦労した点です」(守屋・談)。この冒頭シーンには鎌倉の象徴として鎌倉大仏も登場するが、大仏をどのように見せればいいのかは、最後まで論議を呼んだという。最終的には実際には通常外からは拝めない大仏が、緑あふれる街の風景に溶け込んで見えることにした。それらの改変は、鎌倉市の有識者たちの協力によって実現したのである。スタッフたちの苦心の末に完成したこの冒頭場面によって、観客は一気に『DESTINY 鎌倉ものがたり』にしかない、懐かしくも不思議な鎌倉の世界に惹きこまれるに違いない。

撮影は今年の1月、東宝スタジオ第4ステージに建てられた一色邸のセットからクランクインした。当初この屋敷は外観をロケーションで撮影しようとしていたが、鎌倉の道の狭さや大勢のスタッフが作業できる場所がないということもあって、ロケーション撮影を断念。第4ステージに外観から家の中まで、本格的な作りのセットが建てられることになった。この家は正和の祖父が大正時代に建てたという設定の洋館住宅。石造りの外壁を入ると立派な玄関があり、中に入ると下駄箱の上に正和の趣味である熱帯魚の水槽がある。中には書斎や応接間、縁側のある茶の間、台所、寝室などが作られていて、装飾品は昭和を感じさせるもので埋め尽くされている。変わっているのが八角形の応接間で、これは原作の一色家の形を意識して作られたのだとか。
この部屋には『由比ガ浜殺人事件』を始めとする正和の書いたミステリー小説が並べられ、巨大な蓄音機も目を引くレトロな空間だ。正和、亜紀子の夫婦が家の前で、堤真一演じる編集者・本田を見送る場面。ここで夫婦の前を小さな河童が横切っていく。この河童は後にCGで描かれるため、現場にその姿は存在しない。撮影では助監督がレーザーポインターで河童の軌道を合図し、河童を目で追う二人の速さと合わせていく。さらに空気を発射するキャノン砲を使って草木を揺らし、河童の過ぎ去った感じを表現していた。家の中には、正和が亜紀子に“絶対開けてはいけない”という納戸がある。この中にはジオラマやプラモデル、資料や標本など、正和が趣味で集めた品々がぎっしり。それらの中には阿部プロデューサーのコレクションである鉄道模型や、山崎監督の『リターナー』に登場したソニックムーバーも置かれていて、遊び心溢れる空間だ。
亜紀子が棚から落ちてきた謎の原稿と大量に埃を被る場面では、埃が落ちる感じがカメラではよく分からなくて、3テイク目でやっとOKが出た。亜紀子役の高畑充希はかなりの量の埃を浴びたが、シーンのつながりもあるため、その後も埃まみれのまま見事に撮影を続けていた。亜紀子が夜市で買ってきた魔界松茸を正和が食べてしまい、倒れた正和の口からエクトプラズマが飛び出てくる場面。エクトプラズマになった正和は後にCGで加工されるが、撮影では堺雅人が倒れた正和と、霊体の形をしたエクトプラズマの正和を演じなくてはいけない。堺は「どうしたらいいんだろう。霊体になったことがないから全然わからない」と悩んでいたが、「意思としては自分の意思だから、思うように演じて」と山崎監督がアドバイスした。それで左右に揺れて口からエクトプラズマとして飛び出ているような芝居をする堺。これを口の中へ押し戻そうとする亜紀子の高畑は何もいない空間で、霊体になった堺の頭がある場所を想像し、これを引っ込めようとする動きをパントマイムで演じていた。二人がイマジネーションだけで演じたこの場面が、どんな仕上がりになっているかに注目してほしい。

2月に入り、堺、高畑のコンビもいよいよ意気がぴったりと合ってきた。亜紀子が、正和のために黄泉の国に旅立とうと決心する場面。堺はある事情があって具合が悪く、臥せっているという設定。その横に別れを決意した高畑が来て横に寝そべる。目を覚ました堺に、「私の大好きな人の顔を眺めているの」と高畑が言うが、監督から「ここで亜紀子が微笑んでいるだけだと哀しい。もうこれでお別れだという気持ちを込めるように」と指示が出る。そこで高畑は、ほほ笑みながらも涙を流すという情感のこもった芝居を見せた。その言葉と笑顔に、恥ずかしそうに布団を被る正和の可愛らしさを表現した堺のアドリブも絶妙で、二人の互いを思う気持ちがでた名シーンが誕生した。

鎌倉大仏と共に鎌倉を象徴するのが、江ノ島電鉄(江ノ電)の電車である。鎌倉と藤沢を結ぶこの電車は、明治時代から鎌倉の人たちに愛されてきた。映画の中には随所に江ノ電が登場する。例えば正和と亜紀子が、中村玉緒扮するキンを見送る場面に出てくるのは、江ノ電の極楽寺駅。しかもここに出てくるのは300形という旧車両で、その列車の発着スケジュールを撮影のため江ノ電側に調整していただいた。計4回電車が発着するタイミングを狙って、無事に撮影が終了した。また金満夫人殺人事件の捜査を依頼された正和が、鎌倉署心霊捜査課の刑事たちと共に事件のヒントを掴むためやってくるのは、江ノ電の和田塚駅。勿論、駅のホームにいる人たちは全てエキストラで、その扮装は昭和風に統一。ホームに貼られた看板や路線図も映画用に作り替えられ、ベンチにはもう一つの鎌倉の象徴、“鳩サブレー”の広告もある。また鎌倉署の刑事たちは、河童型の髪型をした川原刑事の大倉孝二や、目元まで前髪で覆った恐山刑事の神戸浩など、原作のイメージそのままでインパクト充分。このときも300形の旧車両を使って撮影が行われている。ここまでは実際の江ノ電を使っての撮影だったが、他にもスタッフが作った江ノ電を使用した場面がある。例えば正和が金満夫人殺しのトリックを見破り、実践してみせる場面。正和はある日本家屋の2階から、そのすぐ下を走る江ノ電に飛び乗るのだが、この場面は東宝スタジオ第8ステージにセットが組まれて撮影された。というのも実際の江ノ電も、両側に家が建ち並ぶすぐ近くを走っているが、当然のことながらそこから実際の電車に飛び乗れるわけではない。ここでは江ノ電に見立てたマイクロバスの車体に正和が飛び乗るアクションを撮り、これを後に江ノ電の車体と合成処理することにした。劇中の乗り物で最も印象的なのが、現世と黄泉の国を行き来するときに登場するタンコロだろう。これは1931年から80年頃まで運行していた江ノ電の旧車両で、1両の単車だったことから通称・タンコロと呼ばれているもの。その108号車は現在も極楽寺検車区に運航可能な状態で保管されていたが、これを使用するとなると撮影条件が限られてしまう。そこで今回は江ノ電の車庫にある108号車と由比ガ浜海浜公園に保管されている106形107号車のタンコロをモデルに、完全再現して作ることにした。サイズも実寸通りで、吊革やシート、網棚などの内装は現存するタンコロから借りてきた物もあり、まるでそこだけタイムスリップしたような車内になっている。「車輪やパンタグラフはないですけれど、タンコロ1台を丸ごと作りました。これはステージの中に敷いた線路上を走ることもできて、スピード調節も可能でした。電車全部を作ってしまうというのは『ALWAYS』シリーズでもやっていなくて、初めての試みでしたがよく出来ていましたね」(山崎貴・談)。このタンコロが現世と黄泉の国にある幻の駅に発着する場面は、鉄道ファンも見逃せない見事なシーンになっている。

山崎組では実写で撮れるものはできるだけその場へ行って撮影し、それが難しい場合はVFXの助けを借りるというのが基本。それだけに「鎌倉ものがたり」の世界観に似合う鎌倉の風景を求めて、様々な場所でロケーション撮影をした。例えば、カエルの魔物になった堤真一がアルバイトをする“鎌倉ゼズニーランド”は、群馬県の渋川スカイランドパークで撮影された。薬師丸ひろ子が女将として働く居酒屋「静」は、群馬県・高崎市のある店を使って撮られている。ロケーション撮影で最も大がかりだったのは、亜紀子が魔界松茸を買ってしまう鎌倉夜市の場面だろう。この夜市のオープンセットは、台湾の夜市や韓国・プサンのチャガルチ市場など、アジアの様々な市場のイメージを融合させて埼玉県深谷市の仙元山公園に建てられたもの。「この夜市の雰囲気なんて、まるで『千と千尋の神隠し』の冒頭に出てくる、無人の町みたいでしょう。普遍的な懐かしさを感じさせるということでは、あの作品と通じている部分があると思うんです」(阿部・談)。きらびやかな提灯が全体に吊るされ、得体の知れない不気味な食べ物や雑貨の店があちこちに並ぶその空間は、まさに異世界。それだけでなく特殊造型や特殊メイクを施した魔物が売り手やお客として35名も登場し、彼らが人間と混在している様は、観ているだけで楽しくなる。中には原作にも出てくる『足大根』や『オダブツ柿』を売っている八百屋もあって、美術スタッフのこだわりがセット全体に見られる。撮影のにぎわいに、地元の人が実際のお祭りと間違って寄ってきたこともあったというが、その勘違いも納得の素晴らしいセットだった。

映画を作るときにプロデューサーや監督、スタッフの間で最もイメージが統一しにくかったのが、後半のメイン舞台となる黄泉の国である。「脚本を読むときには、大体皆が自分と同じことを想像しているはず。と思って読んでいるので、黄泉の国に関して人によって思っているイメージが大きく違っているのだと、気付くのにかなり時間がかかりました。よくある昔話に出てくるような世界を思う人もいれば、今回監督が描いているアジア的な感じを想像する人もいて、黄泉の国のイメージってある意味、その人のアイデンティティに関わることだとわかったんです。万民共通のものはないと。それこそ、今回、描かれる黄泉の国が共通のイメージになるかもしれない。ですので、最終的には監督を信じること。それだけになりました」(飯沼・談)。「例えば『千と千尋の神隠し』で、千尋が迷い込んだのはある意味、黄泉の国だと思いました。黄泉の国は人によってイメージが違うわけですが、それを明確な形にしてもらう意味もあって、中国へロケハンに行ってもらいました」(阿部・談)。そこで監督を始めとするメインスタッフが向かったのが、中国の湖南省にある武陵源と鳳凰古城だった。1992年にユネスコの世界遺産にも指定された武陵源は珪岩で出来た独特の石の柱が立ち並び、その石柱は200mから大きいものだと300m以上もあって、独特の景観を有している。
また湘西トウチャ族ミャオ族自治州管轄下の鳳凰県にある鳳凰古城は、春秋戦国時代から清代まで軍事政治の中心的な町として栄え、1704年に建てられた城を中心に歴史的な景観をそのまま残している町。沱江沿いに建っているその町並みは古い家屋が密集していて独自の趣があり、今では観光地としても有名になっている。自然と歴史が作り上げたこの二つの場所を実際に観たことで、山崎監督の中で黄泉の国全体のイメージが固まっていった。また正和はある人物を探して黄泉の国の居住区にも入っていくが、その一軒家が何軒もらせん状に集合している感じは、鳳凰古城のまるで迷路のように作られている町の通りからイメージしたとか。これまで観たことがない海のように広がる三途の川を含め、山崎監督がどんな黄泉の国を完成させたのか。これにも期待がかかる。

「VFXのプロだからこそ、山崎監督には、なるべくCGを使いたくないという想いがあるんです。それは予算的なことだけではなくて、リアリティを追究しているからです。想像を超えるファンタジーを描くのに必要なリアリティはCGだけでは出せません。実写があるからこそなのです。ここまでだったら実写で撮れるという、CGにする部分との見極めが出来るのがVFXのプロである監督の良さだし、強みでもあると思います」(飯沼・守屋談)。その山崎監督が実写とCGを融合させて表現しようとしたのが、魔物たち。例えばカエルの魔物になった本田は、小料理屋「静」で正和と酒を酌み交わしているときに、自分の妻に他の男が言い寄ってきたことを知って、怒りが増していく。すると彼の体は膨らんで巨大に変貌。ここは事前に録音した堤真一の声を流しながら、まず本田の扮装をした小柄な俳優から演技をしてもらって、怒りが増すとその体を内側からエアーを送って膨らませていく。ここで中くらいの大きさの俳優と入れ替わり、またエアーによってその体を膨らませ、最後は一番大きな体の俳優と入れ替わっていく。この巨大化していく本田の体の動きは出来たわけだが、次に首から上の部分はCGで表現される。体を演じた俳優達には首から上にターゲットマスクを被って演技してもらい、その顔と表情はCGで作り込み、全体を完成させるのだ。つまり堤真一の声と体の実際の俳優が演じるアナログ、首から上の部分はデジタルのCGで処理され、これを一体化させるというやり方だ。同じ手法で夜市にいる魔物の一部や、天頭鬼一味の魔物も表現されている。特に天頭鬼は身長2m30㎝という設定なので、体の部分をそのまま使えない。天頭鬼の体を演じた俳優が、古田新太演じる天頭鬼の声を聞きながらグリーンバックの前で演じた映像を、後に手下の魔物たちと一緒に合成して一つの場面を作り上げた。このアナログとデジタルを融合した独自のVFXによって、ユニークな魔物たちに命が吹き込まれたのである。この黄泉の国に入ってからの堺雅人や高畑充希は、そこに存在しない天頭鬼と目印の棒を頼りに演技をしたり、クレーンで吊られたりと、全体像がイメージしにくい撮影が多かった。だが、堺はスタッフが作った目線の目印になる猫型に切り取られた“にゃん頭鬼”と名付けられた絵を観て、「目線になって助かる。にゃん頭鬼は大事な共演者だ」と、今までにない撮影状況を楽しんでいた。3月末、撮影がオールアップした高畑は、「いっぱい目に見えない敵と戦ってとても難しかったんですけれど、みんながすごく楽しい人ばかりで楽しかったです」と挨拶。堺も4月上旬にはアップして2か月半にわたる撮影が終了した。

映画の主題歌は、宇多田ヒカルが書き下ろした『あなた』。山崎監督は「宇多田さんの歌には、当たり前のように思っている日常の日々が、実はかけがえのない宝物なんだと気付かせてくれる、魔法のような力がある。この作品もそんな力を持ったものにしたいと思ってお願いしました」と語っているが、今回は監督が自分の想いをつづった手紙を宇多田ヒカルに送り、楽曲提供が実現した。その曲作りのために彼女は原作コミックや脚本、撮影された映像素材すべてに目を通して、曲をイメージしていったという。映画へは5年ぶりの楽曲提供となる彼女の歌声とその詞が、作品の最後にさらなる感動をもたらしてくれることだろう。